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3年遅れで「1Q84」を読む(4)  [読書感想文]

「1Q84」完結編のBOOK3をようやく読了した。で、読後感を述べるならば、うーん、なんか不全感の残る本。いろんな伏線がほとんど納得のいくかたちで回収されないまま終わってしまった。後先考えずにいろんなエピソードを連ねていって、結果、読者を最後まで引っ張ることには成功しました、でも物語としては破綻したままで終わってしまいました。という本ではないのかナこれは。

思いッきりネタバレではあるが、最終的に天吾と青豆がどうなったかというと「彼らは邪悪なものがひそむ1Q84の世界からの脱出に成功、2人の間の子を守って新しい世界で幸せに生きていくことになりましたオシマイ」という、いわばハッピーエンド風の雰囲気で終わっている。しかし、オレの読みでいくと2人は全然救済されていないのである。どういうことか。

話は大きく遠回りしてしまうが、問題の根源は例の「リトルピープル」にある。

前に当ブログの読書感想文でも書いたことであるが、コイツらは、何の目的かはしらんが大昔から人間の世界に介入しては人間を操ってきた異種であるらしい。というからには一般的にいってこれは日本でいうなら狐狸妖怪のたぐい、西洋でいうなら妖精とかリトル・グリーン・メンの如きものであろうととりあえずはイメージするわけだが、しかし、村上によるこの小人たちの描写は何としてもフォークロア的世界の伝統から切れた「作り物」めいているがゆえに、まったくリアリティを欠いている。これまた先に書いたことだが、個別の民俗の伝統から切れた「小人」を描いたほうが、いわゆる無国籍的な村上ワールドを全世界に売り込んでいくために都合がよい、という話ではないか。まぁ「現代人の苦悩や不全感w」とやらを描くなら無国籍でもいいが、こういう民俗的な小道具を駆使するにはまだまだ村上は修業が足りない。

というわけで、この作品ではリトルピープルのリアリティの無さが決定的な瑕疵となっており、そこは読者サイドが脳内補完して読むしかないのである。ほんとしょうがねーなぁ。

ま、いいや。で、その描写自体は大甘とはいえ、確かに「人間界に介入してくる不気味な異界の使者」という民俗的モチーフはけっこう普遍的だったりする。西洋でいう小人の妖精が典型で、連中は人間の赤ん坊を醜い化け物と取り替えていったり(いわゆるチェンジリングです)、大人を掠ったりもする。日本でいうなら天狗みたいなイメージかな。そういう連中は時代を超えて存在しており、たとえば現代にあっては人間を誘拐して人体実験をするリトル・グレイ――いわゆる小人型の「宇宙人」として語られたりしちゃってることは皆さんもご存じの通り。

そういう意味では、村上のリトルピープルは、このあたりの「伝統」を押さえているといえば押さえているのだ。ジャック・ヴァレの「マゴニアへのパスポート」の受け売りになってしまうけれども、連中は性的な意図をもって人間に接近してくる、とも考えられている。妖精が人を掠っていくのは異種混交によってその「種」を強化する目的があるのだし、「宇宙人」もまたその遺伝子工学を用いて人間の卵子を素材にハイブリッド種を作り、もって彼らの種の生命力を昂進せんとしている、というストーリーだな。

村上流にいうと連中が「空気さなぎ」を作るのは人間との間のコミュニケーション・ツールにするため、という理解がなされているンだが、ともかく「人間を素材に人間もどきを作る」という点では、このリトルピープルも伝統を墨守しているわけだ。青豆が性交渉抜きで妊娠し、リトルピープルの側はその子を何としても支配下に置かねば、と画策する。そこにはこういう事情があるわけだな。


が、しかし。そうすっと青豆の受胎っつーのは、けっきょくはリトルピープルの策略の産物だったことになるよね? で、そこで用いられた天吾の精子というのは、半覚醒状態で体の自由を失った天吾から「ふかえり」がしぼりとったもの(笑)でしたよね? これ、思いっきし夢魔=スクブスの仕業である。改めて言っとくけど、夢魔というのは西洋の話ではあるけれども、「自身に生殖能力が無いため、人間男性の精液を奪って人間女性を妊娠させ、繁殖している」悪魔の謂いである(by ウィキペディア)。そうかー、「ふかえり」って魅力的な美少女だとかいうからついつい好意的に見ちゃうんだけど、けっきょくは連中の仲間だったわけね。悪魔陣営から出てはいるんだけど、反逆したデビルマンみたいな? でも結局、夢魔のお仕事しちゃってるじゃん、みたいな。ホントはアンビバレントな存在でしかないんだけど、彼女を肯定的にしか描き得なかったところに村上の甘さがあり、そこにも小説としての曖昧さ、決定的弱点があるんだろう、きっと。

ということになるとだな、青豆の超自然的な妊娠から生まれるものは、いわば妖怪変化との間のハイブリッドでしかありえない。象徴的なレベルでいえば、これはすなわち妖精に取り替えられた子=チェンジリング以外のものではありえない。いいのか、それで? 2人は連中の呪縛から離れることはできない。ハッピーエンドなんかありえない。ずいぶん遠回りしたが、オレが「2人は全然救済されてないよ」というのはそういう話である。


あと、この小説を読んで思ったことがあって、つまり「2つの月」とか「空気さなぎ」とか、こういうのは「天吾が書いた通りのもの」としてのちに現実の世界に出現してきたもので、天吾自身がビックリ、みたいな話が書いてある。「頭で考えたものがリアルなもの、手触りの確かなものとして現出する」というのは、おそらくあらゆる小説家の永遠の夢なのであろう。作家・村上春樹としては、おそらくその夢を登場人物としての天吾に投影し、作家としての至高の世界にしばし遊んでみました、という側面もこの小説にはあるのだろう。

ということは、メタレベルからみたこの小説は、単純にいってしまえば「すべての天吾の夢想の中のお話でした」という夢オチの世界といって良い。その夢の世界の中で、悪しき父の呪縛を離れ、永遠の乙女を見つけ出し、悪鬼どもの悪巧みを逃れて、で、最終的には現実の世界に無事戻って参りました、という、まぁけっきょくはドラクエ的ロールプレイングゲームだったわけだ、この小説。だがしかし、先に言ったように青豆の体の中に宿っているのは「チェンジリング」。あたかも映画「エイリアン」で人間の中に侵入したあの怪物みたいにして。

いいのかこれで終わって? この物語の不全感を、これからでもいい、解消しようとするならば、そこでは「BOOK4」という物語がどうしても必要になるのではないか。ま、しかしそうやって「次回につづく」的展開で引っ張るのも実は意図的だったりして。仮にそうだとすれば、瑕疵を瑕疵として認めずに「あ、それはこれからの話だから」と先送りする村上はやはり商売が上手い、こっちより何枚も上手だなぁと思ったりもするのだが、どうか。

せっかくだから、そのありうべき「1Q84完結編」の展開を予想しておくか。――新世界に希望とともに足を踏み入れた2人の前に、悪の本能を自覚した「ふかえり」がラスボスとして登場。悪魔と人間の混成種として生まれた天吾・青豆の子を奪わんとする。自らの出自に悩む少年の未来は? 悪の軍師として再生した戎野先生の策略とは? ここに世界の存廃をかけたハルマゲドンが始まる。刮目して待て、みたいな(笑)。



1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉前編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉前編 (新潮文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/05/28
  • メディア: 文庫




1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉後編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉後編 (新潮文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/05/28
  • メディア: 文庫



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